邪宗門/北原白秋
父上に献ぐ
父上、父上ははじめ望み給はざりしかども、兒は遂にその生れたるところにあこがれて、わかき日をかくは歌ひつづけ候ひぬ。もはやもはや咎め給はざるべし。
魔睡
邪宗門扉銘
ここ過ぎて官能の愉楽のそのに、
ここ過ぎて神経のにがき魔睡に。

邪宗門祕曲

黒船の加比丹を、紅毛の不可思議国を、
色赤きびいどろを、匂鋭きあんじやべいいる、
南蛮の桟留縞を、はた、阿刺吉、珍酡の酒を。
禁制の宗門神を、あるはまた、血に染む聖磔、
芥子粒を林檎のごとく見すといふ欺罔の器、
波羅葦僧の空をも覗く伸び縮む奇なる眼鏡を。
ぎやまんの壺に盛られて夜となれば火点るといふ。
かの美しき越歴機の夢は天鵝絨の薫にまじり、
珍らなる月の世界の鳥獣映像すと聞けり。
腐れたる石の油に画くてふ麻利耶の像よ、
はた羅甸、波爾杜瓦爾らの横つづり青なる仮名は
美くしき、さいへ悲しき歓楽の音にかも満つる。
百年を刹那に縮め、血の磔脊にし死すとも
惜しからじ、願ふは極秘、かの奇しき紅の夢、
善主麿、今日を祈に身も霊も薫りこがるる。
室内庭園
暮れなやみ、暮れなやみ、噴水の水はしたたる……
そのもとにあまりりす赤くほのめき、
やはらかにちらぼへるヘリオトロオブ。
わかき日のなまめきのそのほめき静こころなし。
黄なる実の熟るる草、奇異の香木、
その空にはるかなる硝子の青み、
外光のそのなごり、鳴ける鶯、
わかき日の薄暮のそのしらべ静こころなし。
にほひ、ゆめ、その感触………噴水に縺れたゆたひ、
うち湿る革の函、饐ゆる褐色
その空に暮れもかかる空気の吐息……
わかき日のその夢の香の腐蝕静こころなし。
三層の隅か、さは
腐れたる黄金の縁の中、自鳴鐘の刻み……
ものなべて悩ましさ、盲ひし少女の
あたたかに匂ふかき感覚のゆめ、
わかき日のその靄に音は響く、静こころなし。
暮れなやみ、暮れなやみ、噴水の水はしたたる……
そのもとにあまりりす赤くほのめき、
甘く、またちらぼひぬ、ヘリオトロオブ。
わかき日は暮るれども夢はなほ静こころなし。
陰影の瞳
廃れし園のなほ甘きときめきの香に顫へつつ、
はや饐え萎ゆる芙蓉花の腐れの紅きものかげと、
縺れてやまぬ秦皮の陰影にこそひそみしか。
帰るともせず、密やかに、はた、果しなく見入りぬる。
そこともわかぬ森かげの鬱憂の薄闇に、
ほのかにのこる噴水の青きひとすぢ……
赤き僧正
黄昏の薬草園の外光に浮きいでながら、
赤々と毒のほめきの恐怖して、顫ひ戦く
陰影のそこはかとなきおぼろめき
まへに、うしろに……さはあれど、月の光の
水の面なる葦のわか芽に顫ふ時。
あるは、靄ふる遠方の窓の硝子に
ほの青きソロのピアノの咽ぶ時。
瞳据ゑつつ身動かず、長き僧服
爛壊する暗紅色のにほひしてただ暮れなやむ。
Hachisch の毒のめぐりを待てるにか、
あるは劇しき歓楽の後の魔睡や忍ぶらむ。
手に持つは黒き梟
爛々と眼は光る……
WHISKY.
その空に百舌啼きしきる。
Whisky の罎の列
冷やかに拭く少女、
見よ、あかき夕暮の空、
その空に百舌啼きしきる。
天鵝絨のにほひ
その片隅の薄あかり、背にうけて
天鵝絨の赤きふくらみうちかつぎ、
にほふともなく在るとなく、蹲み居れば。
凋れの甘き香もぞする。……ああ見まもれど
おもむろに悩みまじろふ色の陰影
それともわかね……熱病の闇のをののき……
溺れしあとの日の疲労……縺れちらぼふ
Wagner の恋慕の楽の音のゆらぎ
耳かたぶけてうち透かし、在りは在れども。
爛壊の光放つとき、そのかなしみの
腐れたる曲の緑を如何にせむ。
君を思ふとのたまひしゆめの言葉も。
にほひ、いろ、ゆめ、おぼろかに嗅ぐとなけれど、
ものやはに暮れもかぬれば、わがこころ
天鵝絨深くひきかつぎ、今日も涙す。
濃霧
生くさく吐息するかと蒸し暑く、
はた、冷やかに官能の疲れし光――
月はなほ夜の氛囲気の朧なる恐怖に懸る。
鋭く、甘く、圧しつぶさるる嗟嘆して
飛びもあへなく耽溺のくるひにぞ入る。
薄ら闇、盲啞の院の角硝子暗くかがやく。
亜刺比亜の魔法の館の薄笑。
麻痺薬の酸ゆき香に日ねもす噎せて
聾したる、はた、盲ひたる円頂閣か、壁の中風。
いづくにか凋れし花の息づまり、
苑のあたりの泥濘に落ちし燕や、
月の色半死の生に悩むごとただかき曇る。
聾したる光のそこにうち痺れ、
啞とぞなる。そのときにひとつの硝子
幽魂の如くに青くおぼろめき、ピアノ鳴りいづ。
闌くる夜の恐怖か、痛きわななきに
ただかいさぐる手のさばき――霊の弾奏、
盲目弾き、啞と聾者円ら眼に重なり覗く。
官能の疲れにまじるすすりなき
霊の震慄の音も甘く聾しゆきつつ、
ちかき野に喉絞めらるる淫れ女のゆるき痙攣。
呼吸深く𠹭囉仿謨や吸ひ入るる
朧たる暑き夜の魔睡……重く、いみじく、
音もなき盲啞の院の氛囲気に月はしたたる。
赤き花の魔睡
波動は甘く、また、緩るく、戸に照りかへす、
その濁る硝子のなかに音もなく、
𠹭囉仿謨の香ぞ滴る……毒の譃言……
………棄てられし水薬のゆめ……
ふくらのしろみ悩ましく過ぎゆく時よ。
窓の下、生の痛苦に只赤く戦ぎえたてぬ草の花
亜鉛の管の
湿りたる筧のすそに……いまし魔睡す……
麦の香
続け泣く……やはらかに、なやましげにも、
香に噎び、香に噎び、あはれまた、嬰児泣きたつ……
夏の雨さと降り過ぎて
新にもかをり蒸す野の畑いくつ湿るあなたに、
赤き衣一きは若く、にほやかにけぶる揺籃や、
磨硝子、あるは窓枠、濡れ濡れて夕日さしそふ。
曇日
狂ひいづる樟の芽の鬱憂よ……
そのもとに桐は咲く。
Whisky の香のごときしぶき、かなしみ……
見よ、鈍き綿羊の色のよごれに
饐えて病む藁のくさみ、
その湿る泥濘に花はこぼれて
紫の薄き色鋭になげく……
はた、空のわか葉の威圧。
餌に饑ゑしベリガンのけうとき叫、
山猫のものさやぎ、なげく鶯、
腐れゆく沼の水蒸すがごとくに。
猥らなる獣らの囲内のあゆみ、
のろのろと枝に下るなまけもの、あるは、貧しく
眼を据ゑて毛虫啄む嗟歎のほろほろ鳥よ。
病院を逃れ来し患者の恐怖、
赤子らの眼のなやみ、笑ふ黒奴
酔ひ痴れし遊蕩児の縦覧のとりとめもなく。
軍楽の黒き不安の壊れ落ち、夜に入る時よ、
やるせなく騒ぎいでぬる鳥獣。
また、その中に、
狂ひいづる北極熊の氷なす戦慄の声。
秋の瞳
黄なる葉の河やなぎほつれてなげく
やはらかに葬送のうれひかなでて、
過ぎゆきし Trombone いづちいにけむ。
瓦斯点る……いぎたなき馬の吐息や、
騒ぎやみし曲馬師の楽屋なる幕の青みを
ほのかにも掲げつつ、水の面見る女の瞳。
空に真赤な
玻璃に真赤な酒の色。
なんでこの身が悲しかろ。
空に真赤な雲のいろ。
秋のをはり
なほ青きにほひちらぼひ、
水薬の汚みし卓に
瓦斯焜炉ほのかに燃ゆる。
愁はしくさしぐむごとし。
何ぞ湿る、医局のゆふべ、
見よ、ほめく劇薬もあり。
声たててほのかに燃ゆる
瓦斯焜炉………空と、こころと、
硝子戸に鈍ばむさびしさ。
黄の入日さしそふみぎり、
朽ちはてし秋のヸオロン
ほそぼそとうめきたてぬる。
十月の顔
『十月』は熱を病みしか、疲れしか、
濁れる河岸の磨硝子脊に凭りかかり、
霧の中、入日のあとの河の面をただうち眺む。
淚のしづく………頬にもまたゆるきなげきや……
さは冷やかに嚙みしめて、來るべき日の
味もなき悲しきゆめをおもふとき……
腐れちらぼふ骸炭に足も汚ごれて、
小蒸汽の灰ばみ過ぎし船腹に
一きは赤く輝やきしかの窻枠を忍ぶとき……
十月の暮れし片頬を
ほのかにもうつしいだしぬ。
接吻の時
日のあさあけか、
昼か、はた、
ゆめの夜半にか。
赤き震慄の接吻にひたと身顫ふ一刹那。
あなや、また瘧病む終の顫して
東へ落つる日の光、
大空に星はなげかひ、
靑く盲ひし水面にほ藥香にほふ。
あはれ、また、わが立つ野邊の草は皆色も干乾び、
折り伏せる人の骸の夜のうめき、
人靈色の
木の列は、あなや、わが挽歌うたふ。
歡樂の穂のひとつだに殘さじと、
はた、刈り入るる鎌の刄の痛き光よ。
野のすゑに獣らわらひ、
血に饐えて汽車鳴き過ぐる。
二人がほかの靈のありとあらゆるその呪咀。
死の薄暮か、
晝か、なほ生れもせぬ日か、
はた、いづれともあらばあれ。
濁江の空
圓らに、さあれ、光なく甘げに沈む
晩春の濁重たき靄の内、
ふと、カキ色の輕氣球くだるけはひす。
たゆげに仰ぐ人はいま鈍くも聽かむ、
濁江のねぶたき、あるは、やや赤き
にほひの空のいづこにか洩るる鐵の音。
あかるともなき灰紅の帆のふくらみに
傳へくる潜水夫が作業にか、
饐えたる吐息そこはかと水面に黄ばむ。
はや倦ましげに人形をそが手に泣かす。
日暮どき、入日に濁る靄の内、
また、ふくらかに輕氣球くだるけはひす。
魔国のたそがれ
魔法の国に病ましげの笑して入れば、
もの甘き驢馬の鳴く音にもよほされ、
このもかのもに悩ましき吐息ぞおこる。
鬱黄の百合は血ににじむ眸をつぶり、
人間の聲して挑み、飛びかはし
鸚鵡の鳥はかなしげに翅ふるはす。
旅のわかうど、暮れ行けば心ひまなく
えもわかぬ毒の怨言になやまされ、
われと悲しき歡樂に怕れて顫ふ。
靑き魔藥の薫して古りつつゆけば、
ほのかにも誘はれ來る隊商の
鈴鳴る……あはれ、今日もまた恐怖の豫報。
色天鵝絨を擦るごとき裳裾のほかは
聲もなく甘く重たき靄の闇、
はやも王女の領らすべき夜とこそなりぬ。
Kitahara Hakushū’s Jashūmon (Heretical Faith) is a groundbreaking poetry collection from 1909 that represents a pivotal moment in Japanese literature. As a leading figure in the Symbolist movement in Japan, Hakushū used this work to break from traditional Japanese poetic forms. The poems in Jashūmon are characterized by their exotic, decadent, and often mystical imagery, drawing inspiration from European Symbolism and a fascination with foreign cultures and objects.
Hakushū’s vivid, sensory language creates a world of vibrant colors, rich textures, and unique sounds. He often uses words of Portuguese origin, such as “birōdo” (velvet) and “kastēra” (sponge cake), to evoke a sense of the exotic and the forbidden. The title itself, Jashūmon, refers to “heretical religion,” a term historically used in Japan for Christianity, particularly in the early modern period. This title reflects the poet’s exploration of non-traditional themes and his rebellion against established poetic norms.
Through its rich symbolism and sensual aesthetic, Jashūmon invites readers into a world of introspection and spiritual questioning. It’s a collection that challenges the reader to look beyond the surface and delve into a world where beauty and decay, faith and heresy, coexist.
